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国際政治

序章国際政治への問い
国際政治においては必要や正義について客観的規準は存在しない以上、主観的な必要性によって正当性を訴えることは限界をもつのである。「最低限の必要」や「死活的利益」を外交行動の根拠とする場合、その必要や利益の判定者は結局のところ自分自身ということになる。すなわちそれは、他国から見た場合、無限定的で、際限のない拡張すら可能にする論理と映るのである。(p11-12)と書いてあったがこれが国際政治の課題であると感じた。
客観的判断基準がないので正義、や自由を語ったところでそれは自国のためにしていることに過ぎないのではないのかと思う。
責任ある行動をとる国家は、自国も含めた国家が、国益を離れて行動できるとは考えていない。しかしまた、こうして一定の影響力をもつ国家の行動は、妥協を含み、しばしば偽善的と映ることになる。しかしあえて言えば、それが国際政治を生きるということなのである。(p26-27)とあるがやはりこれは人対人の付き合いと同じで、妥協や偽善的行動は必要であるのかなと思った。
第一章 国際政治の来歴
1.十九世紀にヨーロッパにおいて意識されるようになった「権力政治」の舞台が地球大のものへと移行したという意識
2.技術の発達によって増大した国境を越える交流を、国際的に管理、統治する、いわば越境的行政を「国際統治」と捉えるもの
3.世界の相互依存の高まりが、個人の忠誠を国家から世界へと移し、世界市民意識の普及が世界国家や世界政府の設立に至ることを期待するもの
の3つを国際政治のイメージとしてあげている。
現代ではインターネット環境の普及から世界とのつながりが簡単にできてしまうので国境がないように思えてしまう。
しかしそれは仮想現実の世界であるのでほんとのつながりではないのかなと思った。
ただ仮想現実であるインターネットが世界に大きな影響をあたえているのは間違いないという著者の意見にはとても共感できる。
第二章 安全保障の位相
自国の安全保障をするためには一定の軍事力をもつことが国際政治上必要である。
しかし重要なのは現代の軍事力は国際秩序の中でその機能を発揮する政治的手段であり、国家を不可侵にしたり、他国を力によって支配したりするものではない点を認識することである。
一番の理想は軍事力などどの国も放棄して、話し合いだけで国際政治を行うことであると思う。
しかし現実問題としてどの国も軍事力を放棄することはないと思うので、著者の言う通り政治的手段としてだけ軍事力をもつのが正解なのかなと思った。
だが、お互いに軍事力があって、威嚇しあうために軍事力を持つのは悲しいことだと私は思う。
できれば平和な世界を保つために軍事力が必要である世界から軍事力をどの国ももたない戦争なんておきない世界になってほしい。
世界では国対国の争いだけでなく内戦も起こっていて、国の中の争いもなくしていかなければならない。
内戦をなくすためには国家が主権国家体制を安定させることが大事だなとわかりました。
国家体制がしっかりしていれば貧しいひとへの支援ができたり、治安を守る警察がしっかり機能して争いが起きないようにできる。
国家から国民への支援がしっかりできれば不満なども出ないので内戦が起こりにくくなるのかなと思います。
第三章 政治経済の位相
第三章での一番の問題は各国の国民たちが自分の国への意識だけではなく、地球の市民であるという意識ができるかどうかだと思う。
国の代表者が国際政治の場にでるので国民の意見を伝えなければいけない。
自国の利益の範囲の中で地球全体の利益を考えて行動するのは問題ないが、自国の利益に反する決定をするのは義務違反になる。
国家エゴとは、人々の忠誠心の対象が圧倒的に地球社会にではなくて、国家に向けられてことの帰結なのである。そのような状態であるかぎり、地球的統治は国家がその国民に対して義務を課す形式でなければ実効的なものにならない。
地球的統治を可能にするには、人々の忠誠心の対象が自国ではなく地球社会に向かなければいけないと思う。
私は自国の利益ばかり考えて国際政治が行われていくとそのうち戦争がおきたりするのではないかと思う。
自国の利益は確かに大切であると思うが、私たちは国に住んでいるがそれ以前に地球という大きな枠組みにいる。
地球全体の利益を一番に考え国際政治を行っていけばおのずと地球全体に利益がでて自分の国も利益が出るのではないのかと思う。
私たち国民が自国に目を向けるのではなく地球に目をむけ行動するのが、一番大切なことではないかと思った。
第四章 価値意識の位相
民主主義は、歴史上試されてきた他のすべての政治体制を除けば、最低の政治体制である」というチャーチルの有名な警句のように、民主制は基本的にはよいものだが完璧ではないという考えが妥当だろう。(p233)
著者はそこで「慎重な民主主義」という態度を提唱している。それは、「今日の「仮想の地球社会」によってもたらされる人々の世界市民的感情を背景としながら、実際にはきわめて例外的な手段として国際司法手続きを用い、国際社会の中で共通の正義の感覚が醸成されるのを期待するアプローチ」(p242)である。
地球社会を成立させるには、世界的に価値観がある程度あってないといけないんだなとわかりました。
永遠平和を実現させることは現実的ではないかもしれないが、信じることをやめてしまったら永遠平和は確実に訪れないと思う。
仮想空間によるつながりを現実の世界へと転換していくことでよりつながりが深くなっていくのではないかと思う。
終章 二十一世紀の国際政治と人間
私はテクノロジーがもたらす「仮想の地球社会」の中で人々が理性に目覚め、人類愛によって結ばれて平和と幸福と長期の健康とを享受するようになる世界よりも、時に怒り争い、時に欠乏に不平を鳴らし、時に誤解しながら、人生に希望を抱きつつ、幾人かの人を愛し、やがて死んでいく人間からなる社会に済んで居たいと個人的には願うし、そこにこそ人間的な秩序が存在すると信じている。(p277)
著者の考える仮想の地球社会の概念は私もいいと思う。
インターネットの力で世界が簡単につながっており、地球という一つの国があるように感じられる。
しかし客観的に考えると現在インターネットの法規制が進んでおり著者も懐疑的になるのは理解できる。
戦争がなくなるには政治的紛争がすべて解決すること、政治的領域がなくなり、地球というひとつの国にならなければいけないのかなと思います。
地球という一つの国になれば誰もが共通の利益を求めて行動するようになると思うのでよりよい地球になると思う。




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